天上の海・掌中の星 “秋麗、枯れ野に…”
 



 待ち合わせなんかで長いことじっとしていると、覿面
てきめんに風邪を拾いそうなほど。随分と外気が冷たくなって来て。ついこないだまでは、少しでも動けばすぐにも汗かいてたのにね。上着なんか要らなかったのにね。何で衣替えっていつも微妙にズレてんだろねなんて言って、長袖のジャケット、邪魔っけにしてたの、そんなにも前の話じゃないのにね。まだまだ息が白くなるほどじゃあないんだけれど、それでも油断してると頬っぺや耳朶がひんやりしてたり、鼻の頭が赤くなってて、
「お前、寒いんじゃないのか?」
 そんな言葉と一緒に、大きな手のひらが無造作に顔へと降って来る。まふ…っ、て。口を真ん中に両方の頬までも覆ってしまう、ゾロのごつくて大きな手は。こっちがそれだけ冷たかったからか、乾いているまま温かいのが、とってもとっても気持ちがよくて。
「しししっvv」
 甲の上から重ねた自分の両手を、捕まえ半分にぎゅむって押し付ければ、
「…何だ、手の方は温
ぬくといんだな。」
 あ、ゾロも“温
ぬくとい”だって♪ 俺がそう言うの、とうとう伝染うつったんだvv 何だそりゃって、妙な言い回しばっか使ってんじゃないって、説教したりもしたクセしてサvv 迂闊にも気づいてないゾロは、捕まったままな手、奪還しようともしないで、されるままになっていて。坊やがその大きな眸をちょろっと動かして、そろそろ切り揃えた方が良さそうな前髪の隙間から、やや上目遣いにて見上げれば、

  ――― くすんと小さく笑ってる。

 無理に振り払うほどのことでもなし。気が済むまでカイロの代わり、頬や手を温めれば良いさとでも思っている彼なのだろう。坊やのぽさぽさとした軽い質の短い黒髪が、ふっくらとしたファーが盛り上がってる襟の上、吹く風に躍る。その隙間から覗いてる耳の縁も血が昇ってか真っ赤になっており、出来ることならそこも暖めてやれれば良いのだが。もう一方の腕には生憎と、肩から提げてたトートバッグに収まり切らなかった買い物袋を3つほど、提げていたので侭にはならず。しょうがないかと、ちょこっとずぼらに。上背のある体ごと“楯”になればと、秋らしいチャコール系でまとめられたジャケットを羽織った身を寄せかければ、

  「…わっ。」

 ぱさぱさぱさ…っと坊やの髪を勢いよく掻き乱し、一陣の突風が吹き過ぎてゆき。二人の周囲を取り巻いた、枯れかかった茅の茂みが、ざわざわ・ざざんと細波のような音を、なかなか印象的に響かせてくれた。





 川沿いによくあるのが、散歩コースになってる堤防から見下ろせる、土手の下の河川敷。果たして大水がここまで至るのだろうかと思うほど、随分と広く…少年野球の外野つきダイヤモンドが確保出来るほどの原っぱなどになっていて。土地によっては勝手に菜園を作ってる人があったり、ご近所のゴルファーが危険な練習場にしていたりして、問題になっていたりもするそうだが。この町の近所の河原はというと、至って天然自然のまんまに、つまりは…さしたる手入れの手も入らぬままに放置されており。季節の変わり目、春先やら夏の盛りやらには、衛生上、若しくは見栄えがよろしくないからと、ご近所の方々によって草刈りが催されもするが、秋から冬へのこの季節は、場所によっては結構育った葦や茅が枯れるままにされている。昔はどこでもこうだった、こんな原っぱがあったもんだということか。延々と続くようなら危険だが、土手の上から容易に見通せる程度の範囲だからと、子供が遊んでいてもさして問題になった試しはなく。
“まあ、確かに情緒はあるかな。”
 ………情緒。
“何だよ。”
 いえ。あなたの口から、そんな…センシティブな分野のお言葉が出ようとは思わなかったので。
“余計な世話だ。”
 だって…ねぇ? どっから見たって“体育会系”じゃあないですか。この何日かで急に押し寄せて来た寒さも感じないのか、耳も首条も丸出しになるほど短く刈られた髪形に。よほどセレクトが良かったせいか、ジャケットを羽織っていても着痩せして見えるものの、実は実は…格闘技関係者ですと剛筆で書かれた看板背負っているかのような、隆と張り詰めて頼もしい、鍛え上げられし筋骨を、肩に背に胸に腹に載せ。二の腕、腰、脚、もしかしたら脳みそまで、ご大層な筋肉質なんじゃないかとは、同僚のS氏のお言葉だったりするのだが、まあ、眞しやかな冗談はさておいて。
(笑) 鋭角的な面差しの、翡翠の双眸、眼光鋭く。強靭な意志をもって引き絞られたる口許は、不敵な笑みのみ馴染ませて久しく。その名に鬼神の眷属と、付いても誰も疑わぬほど、毅然傲然としたその風貌には。一瞥だけで何物をも、易々と平伏させるだけの威容さえ感じられ。
“それはしょうがねぇ話だよな。”
 くっと、喉を震わせて。渋くも笑って見せたのも道理の話で。だって彼は、地上の尋常な“人”という存在ではなかったりするから。そしてそして、正に鬼のような存在として、人の世にはみ出し悪さをする邪まな怪妖を成敗する存在でもあったりするから。気の遠くなるほどの永きに渡って、そんな“滅び”に関わって来たのだから、殺伐とした存在感をまとっていたってしようがなかろうと、そんな苦笑を見せた彼だったのだけど、

  「…あれ?」

 我に返って、ハッとする。結構物騒な自身を省みていた彼だったものの、日頃はめっきりと“家政夫さん”臭くなっており。夕飯の買い物にと出ようとしたらば、俺も行くと商店街までついて来た坊や。明日は土曜でガッコは休みだから、金曜はその週の総仕上げってので柔道部の部活が必ずあった筈なのにね。今日に限っては妙に早く帰って来た彼であり。中間試験が近かったかな? そんなものは関係ないとばかり、いつだって自主トレにって遅くまで練習してから帰って来てなかったっけ? ちょっぴり不審、でも、ご機嫌さんだったから“まあいっか”と、あんまり深くは詮索しないまま、いつもの駅前の商店街まで一緒に出掛け、旬の大根、ハクサイにほうれんそう。しめじにタラに、ああそうだ鮭も安いから、みそだれでモヤシやキャベツと一緒に蒸し焼きにして“ちゃんちゃん焼き”ってのも良いかなぁ。タラはフライにしてもふかふかで甘くて美味いよな。あっ、ゾロゾロ、カニが出てるぞ、安いんだって。カニっ! これ買ってって今夜は鍋にしよう、手間がいらねぇぞ? …お前、身を取るの全部 人に任せるくせに、その言いようはなかろうよ。商店街の顔馴染みの皆様をひとしきり笑わせに行ったかのような賑やかなお買い物をし、結局買ったカニやらタラやら、腕自慢のお兄さんが全部任され、自分も何か持つと言い張った坊やには、ほかほかの肉まんを2つほど持たせて黙らせて。ほてほてほてと、のんびり歩いての帰り道。不意に吹きつけた風に攫われてった、坊やの帽子を追っかけて。待て待て待て…と駆けてって辿り着いたのが、葦やススキの枯れたので埋まってたこの河原。小さい子だとネ、転んだ拍子、枯れ葦で眸を突きかねないからって、遊んじゃいけませんと言われてる場所だけど、中学生以上ともなれば、背も伸びるし注意もするだろから、さほど見とがめられることはなく。帽子も無事に見つかったのにね、ふと…気がつけば、さっきまで傍らにいた坊やの気配が不意になくなってしまい、
“あいつだと微妙に…隠れやすい高さの茅だよな。”
 どうやら故意に息をひそめているらしく、乾いた風が時折強めに吹きつけるたび、土手の上では街路樹の梢が、遠い潮騒みたいにざわわと鳴って。すぐ間近の茅たちは、かささ・かさこそと高く低く、彼ら同士でしか通じていない囁き合いを繰り返す。
「ルフィー、どこだー。」
 いい加減にして、帰るぞーっと。さして逼迫感もないままに、呑気な声を上げてるゾロであり、
“…しししっvv
 ゾロって大雑把なんだもんね。お返事しなけりゃ、そうそうすぐには見つけられないさと、高をくくって…でも笑っちゃったらさすがに気づかれちゃうかもと。そこは用心して、小さな両手で口許を覆ったルフィだったのにね。
「…ほら、帰んぞ。」
「はや?」
 丁度ゾロとの境にあって、衝立
ついたてみたいになってたからね。ちょっぴり屈んで、念のためにって背中を向けてまでいたススキの一株。なのに、あっさりとそれを掻き分けてしまったゾロであり、
「…何で分かった?」
「ああ?」
 先に土手へと上がる方へ、進みかかってたお兄さんが振り返る。肩の上では唯一の洒落っ気、金の棒ピアスがちゃらりと揺れてて、

  ――― 何か、能力使ったんか?
       いーや。

 ゾロは実は精霊だからね、風や水に耳を澄ませば、俺らには聞こえない気配を拾えたりもする。それを使ったの?って訊いたんだけど、知らないとかぶりを振って見せ、

  ――― じゃあ、羽根が呼んだんか?
       そんな大層なことじゃなかろうよ。

 坊やの体内には、ゾロが持ってた“聖護翅翼”という翼の片割れがあるので、それが反応したのかと訊いたが、それも違うと呆気なく応じたゾロは、

  「判んだよ、俺には。」

 意味深にも偉そうに、ふふんと笑ってから。大きな手のひらを“ぼそん”って坊やの頭に乗っけて来る。また飛ばすと難儀だからって、帽子はポケットに仕舞っていたからね。大っきな手のひらと骨太な指とが、ルフィの髪の上へ直に乗っかり、すべり込んできた指先の感触が頭の肌に触れて…何だか妙に擽ったい。
「サンジが言ってたぞ? ゾロって実は物凄い方向音痴だって。」
「ああ。何せ陰体の気配ってのが真っ当に感じ取れなかったからな。」
 しれっと応じて、それからね? 

  「けどな、きっとそれってのは、
   お前のことだけ判るようにって作りになってたからなんだって。」
  「な………。///////

 いきなり何を言い出すものやら。振り返って来ていた肩越しに、にんまり笑って見せたお顔は、全く悪びれてない小癪なそれで。う〜〜〜〜っと唸った坊やの側ばかりが真っ赤なのは、吹きつける風だけのせいじゃあなかろうと思われて。

  “…もうもうもうもうっ! 余裕じゃんかよ、ゾロってば。”

 今日は特別な日だったからさ。柔道部の練習も休んで早く帰って来たの。買い物に出るって言うから、じゃあ俺もって。出来るだけ粘らせようってついて来た。帽子を飛ばしたのも、実はサンジの友達の風の精霊がやったこと。だって今日はゾロの誕生日だ。一昨年の秋に、ルフィが決めてやった、十一月の十一日。ゾロってばすっかりと忘れてるみたいだから、そんならそれで都合が良いってもんサって、サンジさんが意味深に笑って見せた。出掛けてる間に準備しとくからって。帽子が見つかったのは、もう準備が出来たよっていう合図だったから。もうお家へ戻っても良いのではあるけれど、

  「………あんな? ゾロ。」
  「んん?」

 大きな背中。頼もしい手のひら。歩き始めるまで、ずっと、こっちを見ててくれる人。むむうって向かっ腹が立っていたものが、ふと…ほどけて。

  ――― 俺、前はずっと独りでいて寂しかったから、
       誰かが独りでいるのも放っとけなくってさ。

 運動会やら学芸会やら、文化祭や遠足なんかで、沢山でわーわー騒ぐのが、とにかく大好きだったんだ。お祭り野郎なんて呼ばれたりもしてさ。あれれ? お祭り小僧…の方だったかな? ちょこちょこって、すぐ傍らまで歩みを運べば。ゾロはやっぱり、優しい眸を向けたままでいてくれてて。

  ――― でもな、あのな?
       今は不思議と、ゾロと二人きりの方が…いいかなとか。
       思う時があったりするんだ。////////

 これって変なことなんかな。せっかく“大人”になれてたもんが、甘えん坊の子供に戻ってるってことなんかな? なあなあと訊いてくる小さな坊や。乾いた風が痛くはなかろうかと案じてしまうほど、大きな瞳をきょろんと見開いており、
「そりゃあ…。」
 自分には素晴らしく嬉しいお言葉だったけれど、正直、何と答えてやったら良いものか。まだまだ朴念仁な破邪様には、気のきいた言いようってのが思い浮かばず。仕方がなくって、身を屈めると……………。


  ――― ゾロ、ここで“ちう”したって答えになってねぇぞ。////////

       良いんだよ、そういう“間”だったんだから。


 おいおい、そんな答えがありますかい。坊やが真っ赤になっちゃったのは、今度こそ冷たい風のせいではないようで。ううう…と恥ずかしそうに唸っていたのも一時のこと、さっさと先へ進み始めた大きな背中に追いつくと、小さな肩を擦り付けるみたいにして寄り添って、仲良くお家へ帰ります。小さな坊やが大好きな精霊さんの“生まれて来てくれてありがとうの日だvv”って決めてくれたお誕生日は、ちょっぴり人恋しい季節となる、その入り口にあって。来年こそは自分で思い出せると良いですねと、土手に沿って植えられた桜の梢たちが、秋空を背景に風に震えながら、こっそりと囁いていたそうですよ?



  HAPPY BIRTHDAY! ZORO!!




  〜Fine〜  05.11.18.〜11.19.


  *甘えたな坊やと朴念仁な精霊さんの“秋の寄り道篇”でございました。
   もう高二なんですけれどもね。
   もしかして一番苛酷な目にも遭っているんですのにね。
   何でか“坊や”というフレーズが似合ってしまう、
   困ったルフィさんでございます。 

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